マナーエッセイ

電話…、いつでも、誰にでも…

2012年6月1日

私が会社勤めをしていた頃、SMAPがまだ無名だった、要するに随分昔のことである。 営業部などに書類を届けに行くと、口の悪い男性部員がよくこういう独り言を言っているのを耳にした。 「アイツ…、電話1本もよこさないで…」「電話1本で済ませやがって!」。

 

すなわち、お互い直接会って話をすることのほうが、コミュニケーション上においては格式が高いこととされ、電話はその下…。確かにある意味そうだ。トラブルが生じたときや大事なお願いごとをするときに、電話1本で「すみませーん」、「よろしくお願いしまーす」はないだろう。時代に関係なく、先方に出向いたうえで、こちらの真摯な姿勢をきちんと示すべきだと私も思う。

 

しかし、コミュニケーションスキルの面だけに焦点をあててみると、そうも言っていられなくなるのだ。 相手と面と向かって話ができるときは、少しぐらい言葉づかいが変で、話し方がぞんざいであっても、フレンドリーな笑顔と感じのよい態度があれば結構カバーできることが多い。しかし、電話は視覚に訴えることができないので、相手の耳に入る部分だけで勝負しなければならない。すなわち、「声・話し方・言葉づかい」に関して、直接対面のときよりも高度なスキルが必要になってくるのだ。

 

そういえば、以前こんなことがあった。担任をしていたクラスで、就職活動中の学生A子が某会社に興味を持ち、ぜひ会社訪問をしたいのでお願いの電話をしてみると言ってきた。業績もよく、評判も上々の会社だったので私も賛成し、訪問の日時が決まったら知らせるように言っておいたのだが、一向に報告してこない。「まだ電話してないの?早くしなきゃ!」としびれをきらした私に、A子はサラっと一言。「あっ、センセ、あの会社、やめた」…。

 

もうビックリだ。あれだけノリノリだった数日前とは打って変わって、この冷め具合といったら、沸騰100度から零下20度にいきなり急降下という感じ…。理由は、訪問願いの電話をしたときの女性社員の応対が、若者流の言葉を使うと「超冷たく、超感じ悪かった」からだという。

最初は「はい、○○会社でございます」と、明るく好感の持てる対応だったらしいが、用件が”就活学生の会社訪問”だとわかった途端、口調がガラリと変わり「今、担当者がいないんですよね。またかけ直してもらえます?」と、上から目線で面倒くさそうに言われたらしい。

 

まぁ、学生にしてみれば、不慣れなビジネス電話にドキドキしながらも、将来の自分の明るい職場を想像しつつ期待を持って電話をしたのだろうから、気持ちがわからないわけでもない。しかも日頃から何かにつけ大げさなところがあるA子は、まだ採用試験すら受けてもいないのに、その先輩からイジメられている新入社員の自分を想像してしまったらしいのだ。

 

「その人が、たまたま…だったんじゃないの?」と、気を取り直すようにアレコレ話しをしてみたが、彼女にとっては既に”終わった”こと…。不本意ながら私の説得は成功に至らずだった。 まぁ、就職は会社と学生の相性、すなわちお見合いみたいな要素もあるので、嫌がる学生に無理強いするより、他の子に勧めようかと声をかけたのだが、意外にもクラスの誰一人として乗ってこない。「おかしいなぁ」と思い、クラス委員長にこっそり尋ねると、どうも先日の訪問願いの電話で痛い目にあったA子が”史上最悪の会社”としてクラスメートを洗脳しまくったらしいのだ。

 

電話からくる印象の恐ろしさはココにある。 “相手が見えない”ゆえ、誤解されないよう声や話し方に気をつけなければならないと理解しながらも、”相手が見えない”ゆえ、つい自分本位、すなわち配慮に欠けた応対になってしまうことも少なくないのだ。

 

相手が誰であれ、どんな用件であれ、そして自分がどんなに立て込んでいる状況であっても、親切・丁寧な応対を心がけるべき…。

 

先輩社員、中堅社員の皆さん! 新入社員が入ってきて2ヶ月が経ちました。彼らは少し余裕が出てきて、皆さんのことをよく見始めています。彼らのよいお手本になってくださいね。

 

おわり