マナーエッセイ

その言葉、”取扱い注意”…気をつけよう。

2010年11月1日

「苦手な食材はございませんか?」
フランス料理やイタリア料理のレストランでオーダーの際、ウェーターからよくされる質問だ。
メニューが決まっているコース料理でも、「キライなものは外してあげるよ~」という、お客様の個々のニーズにできるだけ応えようとする店側の配慮なわけで、もちろん素晴らしいことだと思う。

 

よって、トロトロ半熟系卵の美味しさを全く理解できない私は、「卵がちょっと…」と返事をするのが定番なのである。
でも、何か変なんだなぁ…。この問いかけが、私に対するありがたい厚意であることは重々承知しているのに、いつも少~しだけ肩身の狭い思いをしてしまうのだ。
何故なんだろう???
決定的な理由を見つけられないまま、しばらく過ごしていたのだが、やっと先日、原因はある言葉にあるのではないかと気づいた。

 

それは、某レストランのウェーターが、「お好きでない食材はございませんか?」と訊いてきたときだ。
「はい、卵がちょっと…」と答えながら、あれっ?引け目を感じないぞ~っ?…と、ちょっと嬉しくなったのだ。

 

この差はナニ?…と考えた場合、おそらく『苦手』という言葉の意味と響きに理由があるのではないかと推測できた。
国語辞典を引いてみると、”にがて=不得意。不得手。いやな相手”と出てくる。
すなわち、この言葉を突きつけられると、それが当たっている場合、「そうなのぉ、ワタシ、ダメなのぉ、できないのよねぇ」という、努力しても力及ばずって感じのちょっとした劣等感に陥る危険性があるのだ。(見事に私はハマッてしまったわけだが…)

 

それにひきかえ、『好き』という言葉の否定形で表現されると、「そう!ただ好きじゃないだけのこと。
別に能力がないわけじゃないのよ」とあまり凹まずに済むような気がする。
さらに同じ意味だが、「お嫌いな食材はございませんか?」とストレートに言われるより、”好きではない”という婉曲的表現のほうが、自分を擁護できる感覚の心地よさが増すように感じるのも理由のひとつだろう。

 

言葉って、本当に難しい…。表現自体は少しの違いでも、相手に与える印象には大差が生じることがよ~くあるからだ。

 

そこで、「使用時には気をつけられたし」なる”取扱い注意”の言葉(表現)をご紹介しよう。
それは”クッション言葉”である。
断りなど相手の意向に添えないとき、冒頭に発することによって双方の間に柔らかい雰囲気(クッション)を作り、相手が受けるダメージを抑える役目の言葉をいう。
例えば、「大変申し訳ございません、私どもでは…」(ゴメンね、気を悪くしないでね)や、「お客様、失礼でございますが…」(これから不躾なことを訊くけど許してね)などがその代表例だ。

 

問題なのは「お言葉を返すようですが…」という言葉。
皆さんも、ときどき耳にすることがあると思うが、これは結構あぶない。
確かに分類上はクッション言葉のカテゴリーに入っている。しかし実際のところ、自分が何かを言ったときに、いきなり「お言葉を返すようですが…」とこられたら、柔らかいどころか「おっ、反論されたっ!私に対する宣戦布告かいっ!」と、まるで戦闘前のごとく張り詰めた雰囲気を作ってしまう危険性のほうが懸念される。
言っているほうは良かれと思って…、しかし言われたほうは対極に感じるという典型的な表現だ。

 

したがって、こういうときは「大変申し上げにくいのですが…」と、少し謙虚な言葉に変えてみたらどうだろう。
「アナタが気を悪くしそうで本当に申し訳なく言い辛いんだけど、せっかくだからワタシの意見もちょっと聞いてね」という意味を込めることができる表現だからだ…。
「言葉には、その人の”人となり”が表れる」とはよく言われるが、まさにその通りだと思う。
洗練された上質な言葉で会話ができる素敵な大人でありたいものだ。

 

【追記】先日、独身の友人が、ある人から「別に大した意味はないんですけど、結婚されてないんですか?」と尋ねられ、”大した意味がないんなら訊くなっ、大きなお世話だ!”と思った…ということを怒り口調で私に話してくれた。
これも大枠ではクッション言葉だ。…が、私は憤慨するどころか、最近こういうことを訊かれても「は~いっ、さようでございま~す」と、ニッコリ笑顔でサラリと答えられるほど超越してしまっている自分のほうがショック…。(苦笑)

 

おわり